2009年06月04日

堕落論

坂口安吾の定番小論です。
国語国文学科卒の僕にとって今更ながらの今更ですが、恥ずかしながら初めて読みました。

授業の空き時間になんとなく眺めました。
このハノイの生活と全く関係ないけど、なんとなく深く感じる安吾の言葉です。

人間。戦争がどんなにすさまじい破壊と運命をもって向うにしても人間自体をどう為しうるものでもない。戦争は終わった。特攻隊の勇志はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸を膨らませているではないか。人間は変わりはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外に人間を救う便利な近道はない。


どんな「愛」だとか「友情」だとか言っても、いつか強い思いは消えてしまう。それは長い人生を振り返ると実感できます。ましてや人間でありすぎる堕落した僕にとっては。
でもね、そうやって堕落することが、「人間が生きる」っていうことなんだよって安吾は教えてくれているんですね。
美しさを求めて二十歳の処女で死ぬか?
特攻隊で消えていくか?
でもそれじゃ救われない。
どちらかというとそれじゃつまらない。
その気持ちはわかります。
だったら堕落してやろう。
醜く生き長らえてみたらどうだろう?

まあ別にたいしてえらそうなことを言っているわけじゃないけど、そういう当たり前っぽいことをフラットな口調で言えるところが安吾のエライところです。

だけど、醜く生き長らえるのも、ただ自分から醜さを求めるのは違うと思います。本気で何かをやって愛したり夢中になったりして、でも死んじゃだめだよ。死ぬくらいなら全部水に流しちゃいなさい。っていう普通にやさしいことを安吾は言いたいんだとおもいます。
解説しすぎてあまりに普通の結論になりましたが、その普通さがまたイイ!



posted by →hiroyoshi at 03:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/120787384

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。