2009年02月23日

いのちの初夜

意外とこのブログの読書感想文が人気(らしい)なので最近あまり読書していないにもかかわらず、今日無理やり短編小説を読みました。

北条民雄の『いのちの初夜』です。
大学のとき近代文学の演習か何かで読まされた本です。
無理やり読まされたわりにはすばらしい小説で、ついついハノイまで持ってきて再読しました。

さて、省エネのため北条民雄についてウィキペディアから引用します。

北条民雄(ほうじょう たみお、正しい表記は「北條民雄」、1914年9月22日 - 1937年12月5日)は小説家。ハンセン病となり隔離生活を余儀なくされながら、自身の体験に基づく名作『いのちの初夜』などを遺した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/北条民雄


そう、北条民雄の文学はハンセン病文学です。
ハンセン病は今は治療が可能ですが、特効薬がなかった当時は全身がただれる悲惨な病気でした。

文学史においてハンセン病と対極にある病気は結核です。
血を吐いて、顔が白くなって美しく死ぬ。
昔から文学において死の美しさを演出するには結核が一番でした。
(ちなみに北条民雄の同時代の太宰治なんかは『斜陽』で結核を使っています)

でも、ハンセン病はそうきれいにいきません。
どういう状況かは小説を読めばわかりますが、『いのちの初夜』に書かれている描写では、ハンセン病施設は地獄絵図です。
顔が崩れ、眼球がなくなった人や、足が崩れて歩けない人、そういう描写がリアルに書かれています。

ただ、そんな「ハンセン病が大変な病気ですよ」っていうことだけをこの小説は言いたいのではありません。
こんな状況で、こんな病気になっても「生きる」っていうことは、いったい何なのかっていう、単純で普遍的な問いの小説なのです。

ちょっと話が飛びますが、文学とは何かっていう話で、日常的なネタを言語を異化することで文学にするんだっていうロシア・フォルマリズム(だったかな?)みたいな考え方があります。
それとは別に僕は、特殊な状況を描写することで普遍的な問いを抽出するタイプの文学っていうのもあるなと思います。

当然「いのちの初夜」は後者のタイプです。
なので、北条民雄の文章自体は若すぎてうまいとは言えないし、書き方もストレートすぎる感じがします。
しかし、このへたくそなストレートさが訴える、哲学的問いは鋭すぎる問いになっています。
とても短い小説なので、ちょっとでも気が向いたら読んでみてください!



posted by →hiroyoshi at 03:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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