2009年08月09日

ギター協奏曲 ヴィラ=ロボス

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villa1 posted by (C)hiro

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レスパスというフランスの文化会館で、ヴィラ=ロボスの曲をやるコンサートに行ってきました。
チェロ、フルート、室内弦楽器でブラジル風バッハなどを演奏していましたが、極めつけはギター協奏曲です。
日本人の坂場圭介さんというギタリストが、ベトナム交響楽団にジョインして演奏していました。

最初出てきたときは若くてちょっと不安そうな感じでしたが、さすがしっかりしたプロの経歴を持つだけあって、オーケストラをバックにしっかり弾ききっていました。

ギター協奏曲はセゴビアがヴィラ=ロボスに依頼して書かせた曲です。
セゴビアはギターをクラシック楽器として認めさせるために、いろいろな作曲家に協奏曲の作曲を依頼しました。
その中の一つがギター協奏曲です。

しかしセゴビアはギターの神様とはいえ、偏屈なおじさんです。
ヴィラ=ロボスに曲を作らせはしたが、ギター協奏曲は気に食わず、自分で弾くことはありませんでした。

同じように、スペインのロドリーゴが作曲したアランフェス協奏曲も、弾いていません。これはたぶん初演者としてサインス・デラマーサが選ばれたので、それをねたんでいたというのが通説です。
ロドリーゴはそのあとでセゴビアの機嫌を損ねないために、「ある貴紳のための協奏曲」を書いてセゴビアにささげています。この「貴紳」というのはもちろんセゴビアのことです。「ある貴紳のための協奏曲」も名曲としていろろなギタリストに弾かれています。

さて、ギター協奏曲。
ギター協奏曲はすごくかっこいいのに弾いている人がとても少ない。
特に第二楽章の最初のメロディー、ギターの入り方なんかとっても好きです。きのうは初めて生で聞いて一人で鳥肌立っていました。

でも、きのう聞いていてこの曲があまり弾かれないわけもなんとなくわかりました。
それは、ギターのパートとオーケストラパートの音の住み分けの問題です。
ギターがクラシック楽器としての地位を高められない理由はひとえに音量の問題です。ほかの弦楽器や管楽器に比べてあまりに音が小さすぎるのです。

だから協奏曲を作る時も、ギターの音をいかに目立たせるかということが重要になってきます。
ヴィラ=ロボスのギター協奏曲はもちろん肝心な部分はギターパートがしっかり目立っているのですが、オーケストラが鳴り響いているときにギタリストが難しいスケールを超高速で弾いていて、それがもったいないことに聞こえないのです。セゴビアもたぶんこの曲のそういうところが気に食わなかったんだと思います。
自分が超うまいのに、まわりの音にかき消されて全然目立たない。
そういうシチュエーションはセゴビアが最も嫌いそうなところです。

でも、ヴィラ=ロボスの立場から言わせてみるとそんなことはどうでもいいことだったんじゃないかと思います。
ヴィラ=ロボスの曲はブラジルの大地に根づいた広大な音楽です。ギターという楽器をもちろん愛してはいたでしょうが、その楽器のために自分の音楽を変えることはしない。
おそらくそこがセゴビアとの決定的な違いでしょう。

ヴィラ=ロボスの12の練習曲なんかも、ある意味ギターをなめているからこういう曲が作れるんじゃないかって思うことがあります。みんながんばってむずかしい曲を書いているど、こんな簡単に書いてもすごい迫力の曲はできちゃうんだよ。ほらね。って感じ。

ぼくはギターしか弾けないのである程度セゴビアの気持ちもわかるけど、音楽的にはヴィラ=ロボスの志向を支持します。
音楽あってのギターであり、音楽を無視したギターにはなんの価値もありません。まあ、そんなひどいギター曲に出会ったことはありませんが・・・
posted by →hiroyoshi at 02:55| Comment(3) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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